TONGJI x YEE SOUND JOINT LABORATORY

2019年インタビュー

日本でも多くの講演を行ってきましたJeff Levison(ジェフ・レビソン)氏が新しくイマーシブ・オーディオの研究施設を中国上海にあるTONGJI大学に設備したことを聞き、上海で開催されたMusic China/Pro Light+Soundショウの合間にインタビューをすることができました。ドーム型に64CHものスピーカーを設置したこの施設は、様々な目的を持って設計された非常にに興味深い設備でした。今回は、設計者であるJeff Levison氏本人とDONGJI大学でこのプロジェクトを推進しているNeil Nieh(ニール・ニー)氏にお話をお聞きしました。

Jeff Levison

TAC おはようございます。今日はお時間頂ありがとうございます。
前回来日されたときにお聞きしていましたイマーシブオーディオのための新しい設備についてお聞きしたく訪問させていただきました。早速ですが、上海に移ったのは、このプロジェクトのためですか?

Jeff Levison(以下JL) いいえ、本格的に上海に移ったのは3年前になりますが、当時は別のやはりイマーシブオーディオ関係のプロジェクトのために来ていました。そちらのプロジェクトが終了する頃に、TONGJI大学から今回のオファーをいただき引き続きとどまることにしました。

TAC それにしてもすごい設備ですね。まず音を聞かせていただいて驚きましたが一方向を向いて聞くのではなく、どういう方向に向いて聞いてもスピカーを感じさせないなめらかさで音がつながっていますね。

JL はい、そこが大きな狙いです。7つのレイヤーからなる60個のスピーカーと4個のサブウーファーで構成したこのシステムは、フォーマットにとらわれない音場を作ることで様々なフォーマット制作の検証ができるようにすることを想定しています。

TAC ではまず、こちらのTONGJI大学での施設についてお聞きしますが、なぜこのような施設が「School of Humanities」(人文学院)に作られたのでしょう?どのような目的があったのでしょうか?

JL そうですね。それは、Neilの方から説明してもらった方がいいでしょうね。

Neil Nieh (以下NN) はい。このプロジェクトをオファーするに当たっては、いくつかの目的がありましたが、第1の目的は、音もしくは音楽が人間、特に精神的に問題を抱えた人々、例えば「うつ病」や「自閉症」などの人々に対してどのような音がどのように影響(効果)があるのかをリサーチするということでした。そのためには、音を観賞するというための設備ではなく、自然に近い音場を作る必要があるという観点からイマーシブオーディオの設備が必要だという結論に達したのです。

TAC それは興味深いですね。確かに聞かせていただいた素材は、かなりリアリティの高い自然の音を配置していますね。実際どのような音が、サイコロジー的な部分に効果があるのですか?やはり、各個人のファンダメンタルな記憶や経験に関係したりするんでしょうか?

JL それこそがこれからこの施設を使ってリサーチする内容及び目標となっています。
そのために私たちは現在、様々な素材を使ってリサーチ用のコンテンツを制作しています。そのコンテンツの制作過程においては、正しい音の配置を行うことを心がけています。例えば、たくさんの虫の鳴き声を配置する場合、昆虫学者にこのコオロギは一匹で鳴くのか、集団でいるものなのかなど実際に音を配置して聞いていただき、意見を求めながら修正していきます。基本的にはすべてのオーディオ素材をオブジェクトベースで距離を含めたパラメータで配置していく手法となります。


TAC なるほど、環境音を置くのではなく一匹一匹の昆虫がそこにいるというように配置していくということですね。それで方向性に縛られないような作品となっているのですね。
このスピーカーのレイアウトは、あなたがご自身がデザインされたのでしょうか?

JL そうです。スピーカーのレイアウトに関しては、単に全方向性を持たせるというだけではなく、Auro 3D、Dolby Atmos、DTS-X、日本の22.2マルチチャンネル・フォーマットなど、様々なフォーマットの検証ができるように設計しました。特に耳の高さにある1stレイヤーには32個のスピーカーを設置し、ウェーブ・フィールド・シンセシスの検証もできるようにしています。すべてのスピーカーは、リスニングポイントから2.6mの等距離、すべて同じスピーカーKEF社の「LS50」を設置しています。4個のサブウーファーはEVE社の「TS112」を前後に左右等距離でおいています。

TAC 様々なフォーマットをサポートするとうことですが、スピーカーのレイアウトを変更したりするのですか?

JL いいえ、こちらのシステムの中核は、IOSONOの「IOSONO CORE」というプロセッサーシステムを使用しています。このプロセッサーの機能を用いてバーチャルなスピーカーレイアウトをエミュレートする方法をとっています。また、様々なフォーマットをサポートするための制作環境として、Pro Tools|HD(W/Dolby Atmos Renderer)のほか、自由なマルチチャンネル制作が可能なNUENDOやREAPERなども用意しておりそれらをDanteベースでルーティング接続を行っています。

この施設の目的としておいているターゲットとして、先ほどNeilがご説明したメンタル・ヘルスのほかに、イマーシブ・エンターテインメント、イマーシブ・エデュケーション、およびデジタル・アートという4つの柱を考えています。イマーシブ・エンターテイメントは、先ほどあげた一般に提唱されたフォーマットに限らず、展示設備やアトラクションのための設備などに幅広く対応することを想定しています。また今後は、映像を絡めたインタラクティブなデジタルアートの制作にも非常に興味がありますね。

TAC アコースティック設計に関しては、どのように進めたのでしょうか?

JL すべて私とNeilで行いました!マシンルームの分離、壁、ドアの設計、アイソレーションの素材、ドームのトラスの構造からワイヤリングの配管まですべて自分たちで設計しています。配管などについても最小限の貫通穴で済ませるようにオーディオ・コネクタパネルだけでなく、照明や空調のコントローラも一切壁に埋め込まず、ボックス化することで音響特性が崩れないように配慮しました。

TAC それはすごいですね!ほとんどDIY的な感じでこのクオリティまで持ってきたとは驚きです。

JL 楽しかったですよ(笑)。専門家でない者にしてはかなりうまくいったと思っています。ほぼやり直しの工事もありませんでしたし、仕上がりの特性についても満足のいくものとなっています。そしてようやく現在、最終調整を終える段階までに来ました。

TAC 今後のこのプロジェクトの予定としてはどのようにお考えですか?

JL これからは、先ほどお話しした様々なリサーチ目的のためのコンテンツの作成を行っていくことになるでしょう。また、イベントシステムやミュージアムなど向けのレンダリング検証を行いたいと思っています。特に個別個別に特殊なフォーマットへの対応がこのシステムでしっかり対応ができるかどうかを確認していきたいと思っています。

TAC 今日は、どうもありがとうございました。今後のさらなるご活躍を期待しております。

JL こちらこそ、11月にはInterBEEショウに行きますので、またお会いしましょう。

ジェフ・レビソン氏は、プロデューサー、ミキサー、エンジニア、およびシ ステムデザイナーとして、プロのオーディオで40 年以上の経験を持っています。彼は、映画から始まり、コンシューマー向けのサラウンドサウンドを経て、最新の没入型オーディオシステムへと進むデジタルマルチ チャンネルオーディオの最前線で活躍してます。 ジェフは、NARASドキュメント「サラウンドサウンドプロダクションの推奨事項」への寄稿など、サラウンド標準の定義に積極的に関与してい ます。彼の映画プロジェクトには、シンドラーリスト、フォレストガンプ、 アポロ13、カジノ、トゥルーライズ、ドアーズ、ターミネーター IIが含まれ ます。また、BT、Queen、Graham Nash、Frank Zappa、Insane Clown Posse などの音楽プロジェクトは、サラウンド制作とメニューデザインで数々の賞とノミネートを受けています。今日、ジェフは中国の上海に住んでおり、同済大学のフローティングサウンドラボの研究部長であり、 さまざまな国際的な顧客向けの特別なアプリケーションや製品開発の ための没入型オーディオの研究を行っています。