音楽制作において、「位相」についてどれほど意識していますか? 完成間近の楽曲が、盛り上がるはずのパートでどこか物足りない、パンチが感じられない──そんな経験をしたことはありませんか?
多くのエンジニアがミックス段階でボリュームバランスやEQ、コンプといったエフェクトに注力しますが、その前にトラックの「位相」を調整することが、音のクオリティを大きく左右するカギとなります。この位相の調整を正しく行うことで、音楽全体が持つエネルギーや明瞭さが格段に引き立ちます。
実は、「位相」を扱うスキルこそが、プロフェッショナルとアマチュアを分ける一線と言われています。プロのエンジニアは、位相の問題を解消することで音が互いに干渉し合うことを防ぎ、クリアで力強いサウンドを作り上げています。一方、位相を軽視したままでは、どれだけエフェクトを駆使しても「何かが足りない」状態から抜け出せません。
そこで今回は、音楽制作において重要な「位相」にまつわる主要な3つの問題点を解説します。それぞれの問題を理解し、どのように対処すべきかを学ぶことで、楽曲のクオリティを飛躍的に高めるヒントになれば幸いです。
1. 極性:音が打ち消し合う仕組み
音は波の性質を持っています。同じ周波数の波形を2つ重ねた場合、片方の波形の極性を反転、所謂「逆相」状態にして重ね合わせると波形同士が完全に打ち消し合い、無音状態になることがあります。
この現象を、より現実的な例で考えてみましょう。
スネアドラムの上下にマイクを配置した場合:
- スネアの上部と下部のマイクは、音の発生点から見て逆方向に音波を受け取るため、録音された波形が反転してしまいます。
- そのまま両マイクの音をミックスすると、波形が互いに打ち消し合い、スネアの力強さが損なわれ「音痩せ」してしまいます。
なぜ、波形が反転するのか?
- スネアのヘッドを上から叩くとヘッドの皮は最初に下の方向に押され空気の振動は下方向に押されるところからスタートします。
- マイクは空気の振動を感知して音の信号として変換する仕組みとなっているため、スネアの下に配置されているマイクの振動版は押し込まれる状態からスタートします。
- 逆にヘッドの上に下向き配置されているマイクの振動版は空気の振動により引っ張られる状態からスタートします。
- 上下のマイクの振動板の振動はそれぞれ異なる方向からスタートするため、逆相の関係になります。
この問題を解決するには、マイクプリやコンソールのフェーズスイッチ(Øボタン)を使い、極性を反転させます。ただし、これが有効なのは、マイクと音源との距離や配置が単純な場合に限られます。より複雑な配置では、次に説明する「時間」の問題が絡んできます。
2. 時間:距離がもたらす位相のズレ
音には速度があります。空気中では約343m/s(20℃の場合)の速度で伝わるため、音源からマイクまでの距離が異なると、各マイクに音が到達するタイミングに差が生じます。この時間差が、音質に多大な影響を与える原因となります。
例:2つの異なる距離に配置されたマイク
- 音源すぐ横のマイク(マイク1)と、1.5メートル離れたマイク(マイク2)を配置します。
- 音源となるスピーカーからは110Hzと220Hzの2種類のサイン波を再生します。
- 110Hzのサイン波の波長は約3メートルです。
- 220Hzのサイン波の波長は約1.5メートルで、110Hzの約半分の長さです。
- 20℃、乾燥した空気中での音速は343m/s(1秒間に343メートル)です。
- 音速は異なる周波数でも同じになります。
この条件では、マイク2(遠い方)に音が到達するまでに約5ms(0.005秒)かかります。
下記の図をご覧ください。
縦軸は波の振幅、横軸は時間を表しています。振幅の幅が大きくなるほどシグナルが大きくなり音量も大きくなります。
音波がマイク2に到達するまでに、マイク1で収録されたサイン波は、Aは周期の半分が完了し、Bは1周期完了しています。
この時にマイクのレベルが一致していると仮定し、マイク1とマイク2に入力されている音波を合成すると、Aは互いに打消しあって完全に失われ、Bは重なり合うことで振幅が2倍になります。
ここで、この問題を回避するためにマイク2の極性を反転すると、下記の図で示しているように、Aは2倍の振幅となりますが、Bが消えてしまいます。
この例の場合は、マイク2をさらに1.5メートル遠ざけるなど、マイクの位置を変更することで改善することができるかもしれません。
ただし、実際のオーディオは今回のような2種類の周波数だけではなく無数の異なる周波数が含まれています。そのため、どの距離を選択したとしても、ある周波数が強調される一方で、別の周波数が減衰するという現象が避けられません。この現象は「コムフィルタ(くし形フィルタ)」として知られ、音のスペクトルにところどころ穴が開いたような状態を引き起こします。
また、距離のわずかな違いが、トランジェント(音の立ち上がり)の輪郭をぼやけさせる「トランジェント・スミアリング」の原因となることもあります。これは、意図的なエフェクトとして使われる場合を除き、原音のクオリティを損なう要因です。
これらの問題を回避するには、まずマイク間の遅延を補正し、時間を正確に揃える必要があります。そのためには:
- マイク間の距離を正確に測定し、それぞれの録音信号を解析します。
- 遅延しているマイクの波形を手動で前後に移動させ、タイミングを一致させます。
ただし、この作業をすべて手作業で行うのは非常に骨の折れる作業です。また、どれだけ精密に調整しても、すべての周波数を完全に揃えるのは現実的には不可能な場合もあります。
また、たとえ同一距離にマイクがあった場合でも、問題が生じる可能性があります。それが..
フェーズシフト:フィルタがもたらす見えないズレ
極性や時間差を解決しても、さらに「フェーズシフト」の問題が待ち構えています。
フェーズシフトとは?
ハイパスフィルタやローパスフィルタを適用すると、フィルタの特性上、特定の周波数帯域において波形の位相が遅延したり進行したりします。この現象により、異なるトラック間で周波数ごとの位相がずれてしまい、音の打ち消しや増幅が発生します。
例えば、複数マイクでの録音時に、各マイクのトラックに異なるフィルタを適用した場合、ズレが複雑化してしまい、それぞれの周波数特性が不均一になり、ミックス全体のバランスが崩れてしまいます。
フェーズシフトの問題は、極性や時間差の問題と異なり、波形を手動で調整して解決するのが極めて難しい点が特徴です。
問題を解決するには?
ここまで読んで「手動で調整するなんて無理!」と思われたかもしれません。冒頭で問題を理解し、どのように対処するか学ぶなど偉そうなことを書いてましたが、実はこれらの位相の問題を簡単に解決する方法があります。
こちらの記事は、これらの問題を魔法のように解決するプラグイン Sound Radixの Auto-Align 2 & Auto-Align Post 2をご紹介します。